Let It Be 母性原理 Part 2/4 ステファニーパナイ (奇跡講座)
Let it be.
Youtube
https://www.youtube.com/watch?v=pJqKjnm4h90
3. 贖罪原理と慰める母
贖罪のメッセージは、悪夢を見た子どもを慰める母親のようなものです。
「大丈夫よ、あなたは安全よ。」
このメッセージの「なだめるような性質」は、母性的なものと考えると、より受け入れやすくなるかもしれません。実際に、『奇跡のコース』で「母」という言葉が唯一使われる場面は、次のような文脈です。
「宇宙で完全に一人だという分離の信念を、奇跡は、愛する母が子どもを眠りに誘うように、やさしく訂正する。*」
__________________________________________
*訳注:C-2.8
それが自我であった。あの残酷な憎悪、復讐の必要と苦痛の叫び。死ぬことへの怖れと殺したい衝動、同胞なき幻想と、全宇宙の中で一人っきりに見えた自己、こうした全てが自我であった。 あなた自身についてのこの恐ろしい思い違いを、奇跡があたかも愛情深い母親が我が子に子守唄を歌うように優しく訂正する。 あなたが聞きたいのは、このような歌ではないだろうか。 それが、あなたが尋ねようと思ったこと全てに答え、その質問さえも無意味にするのではないだろうか。
This was the ego-all the cruel hate, the need for vengeance and the cries of pain, the fear of dying and the urge to kill, the brotherless illusion and the self that seemed alone in all the universe. This terrible mistake about yourself the miracle corrects as gently as a loving mother sings her child to rest. Is not a song like this what you would hear? Would it not answer all you thought to ask, and even make the question meaningless?
__________________________________________
歴史的に見れば、「贖罪」や「神」という言葉には男性的・父権的な響きがあります。しかし、「神の母性」を想起することで、そのイメージは癒されるのです。
4. ジュリアン・オブ・ノリッジと「母なる神」
神の母性的な性質への敬意は、中世の隠者ジュリアン・オブ・ノリッジ*の著書『神の愛の啓示(Revelations of Divine Love)』にも見られます。この書では、彼女が受け取った神的ビジョンや神学的洞察が記されています。
__________________________________________
*訳注:ジュリアン・オブ・ノーウィッチ(1342年頃 - 1416年以降)
イギリスの神秘主義者であり、女性隠遁者でした。彼女は中世キリスト教神秘主義において最も重要な人物の一人とされ、英語で著作を著した最初の女性として知られている。
生涯
ジュリアンの生涯については、ほとんど何も分かっていない。私たちが知る詳細は、主に彼女自身の著作から得られている。1373年、30歳の時、彼女は末期と思われた病に苦しみながら、16回にわたる強烈な幻覚、いわゆる「顕現」を経験した。彼女は奇跡的に回復し、残りの人生をイギリスのノーウィッチにあるセント・ジュリアン教会付属の小部屋で隠遁者、あるいは女性隠遁者として過ごした。彼女は精神的なカウンセラー、アドバイザーとして知られるようになった。
__________________________________________
ジュリアンによれば、神は父であるだけでなく母でもあるのです。当時の社会では、子どもたちが慰めや安心を求める相手は主に母親でした。ジュリアンはこう主張します――私たちは、神にも同じ性質を見出すべきだと。
彼女はさらに言います。イエスもまた「私たちの母」として捉えることができると。
「イエスは私たちの真の母であり、ミルクではなくご自身によって私たちを養います。彼は私たちを愛のうちにご自身の中に抱え、優しい母のように私たちを囲い守るのです。」
ジュリアンの言葉は続きます。
「マリアもまた、私たちすべての母である。この“母”という優しく愛らしい言葉は、それ自体がとても甘美で繊細なものであり、真にこの名にふさわしいのは、彼(イエス)と彼女(マリア)だけである。母なる存在は、子どもの必要を知り、理解し、最も優しく見守るのである。」
ですから、私たちが不安や「破局化(最悪への思い込み)」に陥ったときには、この「母なる神」の姿を思い浮かべてもよいのです。どのような形であれ、天の母はこう語ってくれるでしょう:
「大丈夫。今も、これからも、あなたは安全ですよ。」
天気やお金の不安、健康への恐れ、人の機嫌など、私たちが不安を感じるあらゆる場面において大切なのは、「外側」の状況ではなく、それに対して自分がどのように意味づけをしているか(=心の中の選択)に目を向けることです。
エゴは、私たちの意識を世界に向けさせようとします。「あなたの不安の原因は外にあるのだ」と。
「あなたは今起こっていることには何か自分を脅かすものがあるはずだから、自分を守らなければならないという信念を抱き、その信念に基づいて行動する。*」
__________________________________________
*訳注:W-135.2
あなたは今起こっていることには何か自分を脅かすものがあるはずだから、自分を守らなければならないという信念を抱き、その信念に基づいて行動する。脅威の感覚は、内にある弱さの認識である。 適切な防衛をしようとさせるだけの威力のある危険が存在するという信念である。 世界は、この狂気の信念に基づいている。 そして、あらゆる構造、そのすべての考えや疑念、その刑罰や、重装備の軍隊、その法律的な規定や規約、その倫理や、指導者や神々、こういった一切が、脅威の感覚を温存するために働いている。 ブログで身を固めて世界を歩くものは誰も必ず、自分の胸に襲い掛かる恐怖を感じているからである。
You operate from the belief you must protect yourself from what is happening because it must contain what threatens you. A sense of threat is an acknowledgement of an inherent weakness; a belief that there is danger which has power to call on you to make appropriate defense. The world is based on this insane belief. And all its structures, all its thoughts and doubts, its penalties and heavy armaments, its legal definitions and its codes, its ethics and its leaders and its gods, all serve but to preserve its sense of threat. For no one walks the world in armature but must have terror striking at his heart.
__________________________________________
6. 自我の「防衛」は苦しみを深める
破局化に基づいた「計画」や「準備」は、私たちの不安を和らげるどころか、むしろそれを強化します。なぜならそれは、「自分は弱く、世界の力に翻弄されている」という信念を支える行為だからです。
だからこそ『奇跡のコース』は言います――私たちの「防衛」は、かえって恐れを深める。
そのようなときこそ、聖霊に助けを求め、心の誤った認識を訂正してもらうことが求められます。
7. 真の共感と「手放し」
『奇跡のコース』の「真の共感*」のセクションでは、他者の苦しみにどう応じるか(または、自分が破局化しているときの対処)について、こう書かれています。
__________________________________________
*訳注:T-16.Ⅰ 真の共感
「どんな必要もいつまでも満たされずにおかれることはない。それは聖霊の機能であり、あなたの機能ではない。」
__________________________________________
*訳注:T-16.Ⅰ.7
あなたはこれを秘密裏にしか行おうとしない。そして、それらの必要を別々にして、どちらからも秘密にしておくので、ひとりの必要を満たすことで他者を危険にさらすことにはならないと考える。それは道ではない。というのも、それは生命と真理には至らないからである。必要を満たすことを自らの機能とする聖霊に、あなたがすべての必要をゆだねるなら、どんな必要もいつまでも満たされずにおかれることはない。それは聖霊の機能であり、あなたの機能ではない。 聖霊はそれらを密かに満たすのではない。というのも、聖霊は、あなたが聖霊を通して与えるすべてを共有しようとするからである。それが、聖霊がそれを与える理由である。あなたが聖霊を通して与えるものは、一なる子の全体のためのものであり、その一部のためのものではない。聖霊にその機能をゆだねなさい。あなたの関わる関係の中に入ってきて、それらを自分のために祝福してくれるようにと頼みさえすれば、聖霊はその役目を果たすだろう。
You will attempt to do this only in secrecy. And you will think that by meeting the needs of one you do not jeopardise another, because you keep them separate and secret from each other. That is not the way, for it leads not to life and truth. No needs will long be left unmet if you leave them all to Him Whose function is to meet them. That is His function, and not yours. He will not meet them secretly, for He would share everything you give through Him. That is why He gives it. What you give through Him is for the whole Sonship, not for part of it. Leave Him His function, for He will fulfill it if you but ask Him to enter your relationships, and bless them for you.
__________________________________________
「彼」とは聖霊、あるいはイエス、あるいは大文字の「母(Mother)」です。彼らは、私たちの苦しみの裏にある真のニーズを見抜き、それを適切に癒す力を持っています。
~Part3/4へと続く
